ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act3

 

再び船内に明かりが戻ったのは、マルス到着の2時間ほど前だった。徐に身を起こした試験官氏は、熱心に今回の事前報告概要に目を通している受験者を一瞥すると、僅かに意外そうな表情を浮かべた。
「…ずっと見ていたのか?」
「いえ、1.48時間前からです。一応ライトはつけていたんですが」
そう、本来完全な暗闇の中に於いても物を見るのに不自由はしない。だが、敢えてライトをつけていたのは『ヒト』であることを装うためだ。だが、試験官氏が疑問に思ったのはそこでは無いところに合ったらしい。
「君らはそんなことをしなくとも、労せず情報を得られる物かと思っていたが」
「…ええ、本部からの直の命令とか、セカンドナンバー以上の特務の現在地の把握ですとか、そう言ったことでしたら出来るんですが」
一端言葉を切って、彼は今まで見ていた資料を閉じ、改めて周囲を見回した。
情勢の悪化も手伝って、彼らの周辺には他の乗客の姿は全くなく、客室乗務員の姿も認められない。それを確認してから彼はもう一度口を開いた。
「こういった複雑で微妙な事項ですとか、データベース化が間に合わない最新の情報は、やはりこういった資料に頼ることになりますね」
…尤も、マルスに入れば直接マルス惑連に入ってくる最新情報を傍受することは出来ますが、と付け加える彼に、スミス少佐は一瞬首を傾げた。
「通信の範囲内でなら、と言うことか。…以外と不便な物だな」
「…一応自分たちの構成物質は少佐殿と同じ、有機物な物で。…それこそスパコン並の物を埋め込まないと…でもそれでは、1から作らなければダメなんじゃないですか?」
冗談とも本気ともとれる彼の言葉に、スミス少佐は初めて声を立てて笑った。だがそれはどことなく作り物じみた笑いだった。唖然としたように瞬きする彼に、スミス氏は僅かに頭を下げた。
「え…あの…?」
戸惑う彼に、だが試験官氏は生真面目に答えた。
「すまない。今の発言及び行為は、君らにとって非常に気に障る物だ。申し訳ない」
この一言に、彼は試験官氏分析記録に新たな項目を加えた。意外と理解ある人物の可能性有り。ただし過度の期待は禁物、と。
「それで…何か新しい発見は有ったかな?」
しかし、次に投げかけられた言葉の調子は、すっかり元のスミス少佐に戻っていた。少々がっかりしながらも、緩みかけた『気持ち』を引き締め直すと、彼は改めて報告書に目を落とした。
「いえ…何となくなんですが…やはりMIBはI.B.とは無関係なような気がするのですが」
演技か本心からかは定かではないが、どこか自信なさげな彼の返答に、試験官氏はやや姿勢を正した。やはり表情を伺い知ることは出来ないが、どうやら多少の興味をひかれたらしい。
「その根拠は?」
「自分がデータとして持っている限り、I.B.の攻撃対象は政府要人、もしくは惑連の最高幹部及びその関係者に限られています。今回のように、直接惑連や政府機関とは無関係と言っても良い民間人を大量に人質に取り、あまつさえ身代金を要求するという手口は、どうも義賊敵とも言えるI.B.とはかけ離れているように思えるのですが」
敢えて彼は断言するのを避けた。彼自身の一言、そして行動の一つ一つが、今後の彼の運命を決めるのだ。予防線を張って用心しすぎる、と言うことはない。一方、その判断を下す側は、しばらく彼の返答を反芻していたようだったが、何かを思い立ったかのように、軽やかに窓枠を指で叩いた。その動きはまるで、流れるように端末のキイを叩いているかのようでもあった。
元々は技術畑のヒトだったのかもしれない。そんな分析をしていた彼を、当の対象者は徐に現実世界へと引き戻した。
「確かにそれも一理あるな。だが、こうとも考えられる」
いいながらスミス少佐は僅かに姿勢を崩し、足を組み直す。
「組織とは存外、頭が変わるとその性質事態が変わる物だ。また、大きくなればなるほどその統一性を保つのは反比例するように難しくなる」
もっとも、『ドライ』のようにカリスマとも言える絶対的指導者であれば話は別だが、と笑う試験官氏の前で、彼がその言葉から計算の結果導き出した答えは、これだった。
「つまり、M.I.B.は一枚岩ではないと言うことですか?」
「そう判断するのは早急かもしれない。だが、その可能性は大いにある」
いいながらスミス少佐は、絵に描いたような皮肉な笑みを浮かべた。
「可能性が現実であるならば、交渉次第では内部分裂…巧くいけば相撃ちを仕組むこともできるだろう。…だが、今回それをしてしまうとやりすぎになってしまうがな」
世間話のノリでなんと物騒なことを言うのだろうか。彼は試験官氏の横顔をまじまじと見つめた。一方見られる側はそれを知ってか知らずか、窓の外に広がる深淵へと視線を彷徨わせる。だが、急に何かを思い立ったのか、ふと、こちらに向き直った。
「人質の名簿は、回ってきているかね」
こちらに、と言いながら、彼は膝の上の報告書の束から一塊りを選び出し、確認してから隣へと手渡した。スミス少佐はしばらくそれを眺めていたが、その中に何かを見つけたらしい。細心までに研ぎ澄まされた彼の聴覚はそれを捉えたが、彼はその内容を疑った。…奴らもなかなか見る目があるじゃないか…。確かにそう『聞こえ』た。慌てて聞き返そうとしたとき、船体に鈍い衝撃が走る。
「重力圏に入ったようだ」
短くスミス少佐が言う。船内にも動揺のアナウンスが流れ、シートベルトをしめるよう繰り返す。
「…マルスに入る前に一つだけ、忠告しておこう。そのうっとうしい長髪をどうにかしたまえ」
冗談とも本気ともつかない尾スミス少佐の一言に、彼は憮然とした顔を浮かべ閉口する。結局試験官氏が人質名簿に何を見いだしたのか、彼は尋ねる機会を失ったまま、船はマルスへと引き寄せられていった。

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