ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act4

 

マルスからフォボスへの乗り継ぎの間に姿を現したこの事件のマルス惑連の担当官は、よく言えば『可もなし、不可もなし』、悪く言えば『没個性』、まさしくそんな印象をみる者に与えた。見るからに気の弱そうな当の担当官氏は、明らかにスミス少佐の静かな迫力に萎縮していた。
が、度の強い眼鏡の奥からこちらに投げかけられる視線は、恐る恐ると言うより何かを探り出そうとしているようでもあった。そして何より、サーモグラフィから感じられる彼の体温及び心拍数の変化は尋常ではない。
果たしてこの事実を試験官氏に伝えるべきか否か。デイヴィットは思わず横目で隣に立つスミス少佐を見やった。だが、その助けを求めるにも似た彼のサインは、またしてもサングラスという形を取った強固なシールドによって粉砕されてしまったようだ。
「まず、この48時間以内に起きた情勢の変化についてお伺いしたいのですが。桐原捜査官殿」
表面上礼儀正しくはあるが、どこか抑揚が無く不自然で機械的な声がスミス少佐の口から発せられる。それまでと同様、取り立てて大きな声ではないのだが、桐原氏はまるで蛇に睨まれた蛙のように脂汗を流し、動けなくなっていた。
「は…、あの…別段、これと言って好転も悪化もしておりません。現在、フォボス第2地区は完全にM.I.B.の勢力下に入っており、マルスより派遣された機動部隊がフォボス駐留軍と監視及び包囲をしている状態で…」
「いっそ、Mカンパニーの施設警備隊にも出動願ったらどうかな?」
「はあ…それは…一体…?」
「一度に全てのカタがつく。…いや、それは冗談だが」
忘れてくれて構わない。スミス少佐は唇の端に僅かに笑みを浮かべるが、桐原氏は完全に色を失っている。
…そう。MカンパニーがM.I.Bとマルス惑連双方に何らかの形で働きかけているらしい、というのは惑連情報局の中では常識と言って良い。それを何もこんなところで言わなくても…。さすがに少し気の毒になり、デイヴィットは口を挟んだ。
「あの…失礼ですが、現地への到着はいつ頃になりますか?」
初めて桐原捜査官の青ざめた顔に安堵の表情が浮かぶ。見た目にも嬉しそうに彼は手元のファイルに目を落とした。
「はい、一二.三〇発の便でフォボスに向かい、宙港から車で一時間ほどとなりますので…」
「日没前、と言ったところか…。所で交渉場所となっているホテルというのは、先方の指定による物なのでしょうか?」
再びスミス少佐の冷たい声が水を差す。若干憔悴したような顔で桐原は一つ頷くと、くだんのホテルの経営母体はルナ資本の財閥である旨を告げた。
そこまでしてI.B.とのつながりを誇示したいのか、と口では言わずにスミスは僅かに唇の端を上げる。そんな両者を交互に見やりながら、デイヴィットは気付かれないように溜息をついた。

フォボスはディモスと同じく、マルスの周囲を公転する衛星である。元々は岩石の固まりであった物を、マルスがテラより独立するのと前後して大規模な改造が行われ現在に至っている。大本になる岩石部分を核として、公転のバランスを崩さぬ程度に拡張を行い、酸素発生プラントを設置するなど、莫大なその費用は一説によるとMカンパニーから出ているとのことである。もっともその大部分は、工事を請け負った関連企業に流れているわけだから、親会社の収支のバランスが崩れることはない。
そして、当然の如く、Mカンパニーは開発者として植民星フォボスにおいて独占的に事業を展開した。早い話が、経済・産業面からの統制及び支配を行ったのである。結果、フォボスにもたらされたのは母星マルス(実質的にはMカンパニー)無くして成立し得ない偏った流通システムだっだ。(だが、正直なところ、Mカンパニーにおんぶに抱っこと言う状況は、マルスも似たような物ではあるが。)
広大な商品作物製造プラント、林立するリゾート施設…。そして結果、生活に必要な物は全てマルスからの輸入に頼らざるを得ず、関税と手間賃で現地フォボスの住民達は日用品一つ購入するのにも、マルスの倍以上の対価を払う羽目になる。そこから上がってくる利益を握っているのはいずれもMカンパニーである。
…困ったことに、それを監督する責任を負うはずのマルス惑連の上層部や政府高官は、Mカンパニーと少なからず繋がりがあるというのだから救いようがない。M.I.B.で無くともマルスに対し一矢報いてやりたくなるのも当然なことなのかもしれない。いや、『ヒト』であれば報いてやりたくもなるだろう。
言葉や表情には出さず、デイヴィットはフォボスの現状をそう分析した。恐らくその分析は、現実と当たらずといえども遠からず、と言ったような物だろう。何より、マルス惑連が、現地警察の実働部隊や住民の協力を得ることに失敗し、テラ本部に泣きついてきたことが、如実にそれを物語っている。
再び窓の外に広がる漆黒の世界にしばし目をやってから、彼は手持ちの資料を見直そうとした。

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