ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act5

 

事件が起きたのは、テラ標準時で三日前。フォボスの限られた大地の上に、広大に広がる開発名称『第2リゾート地区』において、M.I.B.の実働部隊が蜂起、そして現地を制圧したのである。
この第二地区は人工ではある物の山々や湖など素晴らしい風景に恵まれるだけではなく、近年では温泉施設の開発も進んでいる。観光情報などでは『紅リゾート』とも呼ばれ、マルスからだけではなくテラや遠くユピテル方面からも観光客が訪れる所である。たまたまこのときは繁忙期を外れていた物の、優雅に羽を伸ばしていた観光客が何名か巻き込まれてしまったのである。
事件が発覚したとき、フォボス当局及びそれを統括するマルス本部は、不幸にも人質となった人々の名簿を一瞥し、不謹慎ではあるが胸をなで下ろした。マルスそしてフォボス双方にとっては幸運なことに、その名簿の中には所謂政府関係者及びそちら方面に絶大な力を持つ企業体の要人は皆無だった。…これでまず最悪、政府間のごたごたが発生するという事態は避けられた(もっとも偽名を使って紛れていた場合までは責任は持てないのだが)。そして何より、埒があかなくなった場合、武力による強行解決を視野に入れたことだろう。一般人だけなら万一犠牲者がでたとしても見舞金、補償金の額はたかがしれている…大変けしからんことではあるが、現場指揮官やフォボス駐在のマルス領事の脳裏には、こんな打算めいた考えがもれなくよぎったことだろう。
M.I.Bが主張する『法外な』身代金、そしてマルスへ対するこれまでの圧政に対する『損害賠償金』などの条件は、こんな考えを持つ当局にはとうてい受け入れられる物ではなかった。かくして両者の話し合いは当然のことながら平行線をたどったままである。
きちんと綴じたら机の上に縦置きにして立ってしまいそうなほど量だけは立派な報告書と資料とにざっと目を通しては見たが、新たな発見と言えるような物はこれと言ってなかった。正確に言うと、再発見はなかったが引っかかっていることはある。そんなところだった。
こちらに来る船の中で人質名簿の綴りをめくっていたスミス少佐は、奴らにも見る目がある、確かにそう言ったはずだ。だが、同じ綴りを何度見返してみても、彼が何をさしてそう呟いたのかが解らない。
可能性としてはフォボスやマルスのお偉方と同じことを考えたか、或いは名簿の中から名前以外の重要情報を得たのか…。自分が何か見落としてはいないだろうか。そう思いながらデイヴィットは名簿を幾度となく見直した。だが、その中にはどうしても彼自身が持つ、所謂要人のリストと合致する名はない。
「あ、それは古いリストになります。その後、キャンセルや外出で外されていた方の消息がはっきりしましたので…」
こちらが最新の物になります、言いながら桐原は端末から打ち出したそのまんま、とおぼしき新たな束を手渡した。
「では、今現在、敷地内に拘束されていると考えられるのは、従業員を含めて58名ですか?ずいぶんと…」
「ええ、施設従業員は常時こういった事件を想定した訓練を行うことを義務づけられておりまして、事件発生時は…」
「見事訓練通りの行動がとれた、と言うわけですね?自分たちだけは」
「恥ずかしながら仰るとおりです」
毒を含んだスミス少佐の言葉を、桐原氏はあっさりと肯定した。そのやりとりに、デイヴィットはおや、と首をひねった。お客を置き去りにして早々に逃げ出すなど、表沙汰になれば、観光が主力収入源になっているフォボスにとって、致命的な一撃を与えるはずだ。『安全性の問題点』と言う突き上げにとどめを刺すと言っても良い。それをここまですんなりと認めてしまうというのは、やはり所詮は人ごと、と言うことなのであろうか。
そんなデイヴィットをよそに、スミス少佐は徐に口を開いた。
「失礼ですが、貴官はマルスから出向されていらっしゃたのですか?」
「いえ、私は母星からの出向ではなくて、現地採用組でして…元々一般業務畑の人間なんですが、あっちからこんな所まで来る物好きも最近は減りまして。8ヶ月前に穴埋めで急遽異動になったんです」
そんな訳でまだまだ不慣れが多くて申し訳がない。デイヴィットはやや曖昧な笑みを浮かべながら頭を下げる桐原氏と、無言のままその様子を見つめる試験官氏を交互に見やった。顔を上げた桐原氏は、相変わらずどこか気弱そうで、対する試験官氏は相変わらず仏頂面で、双方とも何を考えているのかは定かではない。けれど、これだけははっきりと解った。両者の間には、隠しようのない不信感がある。だが敢えて、彼はそれを口にしようとはしなかった。
「あ、あちらが交渉場所として先方がしていたホテルになります。臨時の作戦本部がおかれているのはその斜め向かいの建物になりまして…」
そんなデイヴィットの脳裏を、桐原氏の言葉が流れていった。

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