ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act6

 

入口ですったもんだのチェックの末、ようやく部屋に通され一息つくなりスミス少佐は一言、こう言い放った。
「…彼は食わせ物だな」
スミス少佐の言う『彼』というのが、当然この場にいない人物を指すのは言わずもがなである。数度瞬きを返してから、だがデイヴィットは念のため確認した。
「…彼、というのはあの捜査官氏ですか?」
生真面目すぎるとも言えるデイヴィットの問に、スミス氏は冷たい笑みで応じた。無論、室内に入ってもくだんのサングラスをかけたままであるのは言うまでもない。
「君も妙だと思っただろう?」
親しみの欠片もないスミスの返答に、憮然としながらもデイヴィットは頷かざるをえなかった。…母星からの出向職員ならまだしも、現地採用でありながら『祖国』のイメージを悪化させかねない現実を、あそこまではっきり口に出来る物なのだろうか。いや、『祖国』を愛しているからこそ、マルスべったりのリゾート職員に対して冷たい発言をした。と思えば苦しいながらもつじつまは合うが、それにしても手厳しすぎる。
何より彼の発言からは、事件の被害者に対する同情のような物が全く感じられない。公僕としては当然のことなのかもしれないが、彼はれっきとした『人』である。完全に冷酷になりきれるはずがない。にもかかわらず…。
「あまりこちらの手の内を話さない方が良さそうだな」
そんなデイヴィットの反応を全く気にするでもなく、スミスは物騒なことを嘯く。やれやれ、と『思い』ながらずっと気にかかっていたことをようやく口にする決心をした。
「失礼ですが…。少佐殿はこちらに向かう船内で『奴らもなかなか見る目がある』と仰っていたようですが…」
色の濃いサングラスの向こう側から、無機質に光る視線を投げかけられて、一瞬彼は言葉に詰まる。恐らく、いや確実に今の問いかけはマイナス査定になるだろう。しかし、このまま知らないのも嫌だ。どこか投げやりに近い心境で言葉を継いだ。
「一体、何をご覧になっていたのでしょうか。差し支えなければ教えていただきたいのですが」
しばし試験官氏は無言でデイヴィットを見つめていたが、やがてテーブルの上に放り出されていた資料の束を取り、ページをめくりはじめた。
「君は、これを見たかな?}
言いながらスミスはページの一点を指し示す。先程差し替えになる前の人質リストの次ページ、それはテロリストに占拠された『紅リゾート』の全図だった。
大規模なホテル本館、そしてこの星系でもまれにみるほど豊富な湯量を誇る温泉施設、さらにそれを利用した長期滞在型の温泉療法施設を併設した大病院…。
Mカンパニーはこと商売に関してはどん欲だとはデータに入っていたが、これ程までとは大した物だ。はじめてこれを見たとき、彼はこの情報を『呆れた』という感情ファイルに保存した。だが、スミスの見解は少し異なっていた。
「一週間後、この紅病院では細胞学会が行われる予定で、気の早い一部参加者は既にフォボス入りしている。…名簿をざっと見た限り、巻き添えを食った者もいたようだが」
淡々と続くスミスの言葉に、デイヴィットは頷く。しかし、この試験官氏のことだ、こんなことで感心するはずがない。彼の確信は程なく現実の物となった。
「…とまあ、ここまでは余談だが…この紅病院はなかなかリゾート病院とは言え、設備自体はかなり充実している。設置されていない診療科目は審美の整形外科くらいだな…。地下にはテラの惑連付属病院と同規模の化学療法の設備も完備している」
何気ないスミスの言葉は、しかしデイヴィットを驚かせるのに十分な物だった。大規模な化学療法施設。そこには『治療』目的できわめて危険な『ある物』が存在する。使い方を間違えなければきわめて有効に機能するそれがテロリストの手に落ちたとなれば…。
「簡単ななぞなぞさ。この病院の地下を爆破したら…いや、ぞの現物を持ち出して、空港などで花火を打ち上げる方が効果的かな」
にこりともせずにあまり嬉しくない『仮定』の話をするスミスに、デイヴィットは赤面しつつ答えた。こんな単純なことに今まで気が付かなかったとは。
「…殺傷能力には欠ける物の、『汚い爆弾』には充分の威力ですね。軽度とは言え、周辺の被爆は言うに及ばず、土壌や水源の汚染ともなれば…」
一台リゾートを唯一最大の売りにしているフォボスにとってはこれ以上ないくらいの大打撃となる。言葉を失うデイヴィットに、スミスは僅かに唇の端を上げた。
「まあ、それは彼らにとっても尤も使いがたい最大にして最悪の切り札だと思うが…彼らが本当の愛国の士であるならば」
皮肉な笑みを浮かべながらスミスは講義を締めくくった。サイドテーブルに置かれたピッチャーの水をグラスに移し、一息に飲み干す試験官氏を見やりながらふと分析した。この人はどうやら何事に関しても嫌味を一つ二つ付け加えないと満足しない性格らしい。しかし、『M.I.B.』といい、あの桐原氏と言い…。
「フォボスがどうなっても良いんだろうか」
ふと口をついて出たデイヴィットの独白に、スミスは徐に顔を上げる。手にしていたグラスがごとりと重い音を立てた。

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