ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act7

 

「あ、いえ、別になんと言うことではなくて、自分は良く理解できないんですが、両方ともフォボスを『大事に』思っているのではないかというか…その…」
「少なくとも、桐原捜査官殿もM.I.B.の面々も、今現在の『祖国』は愛してはいないだろうな。口では何と言っていても」
「…と、言いますと?」
「恐らく彼らが恋い焦がれているのは完全に独立を果たした祖国の姿だろう。今のマルスの言いなりになっているような情けないそれではなくて」
属国に甘んじているような情けない祖国ならばいっそ壊してしまおう位のことは思っているのかもしれないな、と、足を組み直しながら言うスミスを、デイヴィットは神妙な面もちで見つめていた。
「…なかなかヒトの心理という物は複雑なんですね」
「全てが0と1で割り切れるわけではないさ。可愛さ余って何とやら、と言ったところだろうな」
その台詞の前半部分が自分に向けられた物であることを、デイヴィットは丁寧に無視した。そしてふと、この人は一癖二癖所ではないこの性格で、一体何人の同僚と部下とを再起不能に陥れたのだろうか、などという下らない仮定を計算してみた。…外見年齢から推定される勤続年数から導き出された人数は、軽く見積もっても両手の指では収まりきらなかった。
「…質問はそれだけかな?」
果たしてそれを察したのだろうか。前触れもなくスミス少佐は切り出した。慌ててデイヴィットは数度頷く。その様子に少佐はいつもの人の悪い笑みを浮かべて見せた。
「ならば早いところ自分の部屋に戻りたまえ。妙な噂を立てられても困るだろ?」
「………はあ?」
笑えない冗談である。尤もこの人の場合、どこまでが本気でどこからが冗談なのか定かでないのが怖いところだ。そして、まず確実なことは、この人の口から出る冗談のジャンルは十中八九ブラックユーモアの類であろうことだ。
「了解しました。ではまた明日」
だが、これ以上用事もないのにこの部屋にいる正当な理由はない。
万一スミス少佐の言うとおり、根も葉もない噂が一人歩きし今後色眼鏡で見られてはたまった物ではない。デイヴィットは敬礼もそこそこに試験官氏の部屋を後にし、廊下を挟んで真向かいにある自室へと引き取った。

夜は殆どの動物にとって(中には夜行性という例外もあるのだが)休息をとるための時間である。
だが元々生命を持たない二十一体目の『doll』、デイヴィット=ローにとっては退屈窮まりない時間の始まりである。理論上、彼らは『睡眠』と言う形の『休息』を必要とはしない。しかし、『ヒト』を装いつつ長期の捜査を行う、という任務の性格上、それらしく見せることは可能であった。
だが。今日は色々と整理しなければならないことがある。怪しまれない程度に夜更かしをすることにするか。
マルス地方標準時でまだ二十二時を回ったほどであるのを確認すると、デイヴィットは部屋に戻ると明かりも点けずに窓際に立つと、外の様子をうかがった。
非常時、と言うこともあっていつもは行われているはずの派手なネオンやライトアップもないため、観光地、と言う割に窓の外には暗闇が広がっている。その漆黒の空間の遙か彼方、丁度二時の方向に、彼は視線を巡らせた。無論暗視及び遠視モードに切り替えているのは言うまでもない。『ヒト』の目には単なる闇にしか見えないその視線の先には、現在五八名の人質と共にテロリストに占拠された紅リゾートが認識できる。
一番高くそびえ立っているのが、たぶんホテルの建物。その脇に見えるのが遊園地施設の乗り物の一群。やや低い建物の集合は病院と入院施設。先刻まで嫌と言うほど見てきた図面通りの配置に建築物は彼の目にはっきりと浮かび上がって見えた。
ホテル内では灯火管制がひかれているのだろうか。無数にある窓からはこれっぽっちも光は漏れていない。さすがにこれだけ距離があると、サーモグラフィによる生命体の位置把握は不可能だ。
一つ溜息をついてから、彼は遮光カーテンを閉め部屋の明かりを点けた。シングルのベッドとその脇に置かれたサイドテーブル、小型の冷蔵庫に小さめなデスク。何の変哲のないホテルの一室が、殺風景な蛍光灯の明かりの下に浮かび上がった。
あちらさんも暗視スコープか何かでこちらを監視している可能性は有るだろうが、知ったことではない。何よりそれならいつまでも明かりを点けないでいる方が逆に怪しまれるだろう。そして、これだけ離れていればよほどの物でなければ攻撃される心配もない。通常のライフル銃ではもちろん射程外だ。後は…。
その可能性を持つ兵器を反芻しかけたとき、建物全体を鈍い振動が襲った。

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