ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act8

「ミサイル攻撃ときたか。この角度では迫撃砲ではなさそうだし…どうやら我々は初歩的なミスを犯していたようだ」
相手の武力をかなり過小評価していたようだ。スミス少佐の自嘲を含んだ声が、薄暗がりの中に響く。
「Mカンパニーによる経済的支配からの独立を主張しておきながら、そこの商品を使って攻撃ですか?主義主張に一貫性がないですね」
こんな状況下で良くも冷静でいられるものだ。半ば感心し、且つ閉口しながらデイヴィットは毒づいた。どうやら一緒にいたこの短時間の間に、かなり試験官氏の思考回路の影響を受けているようだ。それに気付いたのか、張本人の顔に皮肉な笑みが浮かんだが、それはすぐに苦痛の表情に代わる。
慌てて近寄ろうとするデイヴィットを、試験官氏はサングラス越しの鋭い視線で制止した。呆れたように吐息を付き、彼は告げる。
「…後二、三分で先程の麻酔が効いてくるとおもいますが…ただ、粉砕骨折の可能性もありますんで、周囲の神経と筋繊維の破損を考えると、すぐに移植できれば一番良いんですが」
自分の中の医療データは非常時の応急処置レベルなので断言は出来ませんが、と付け加えてから、再びデイヴィットは深々と息をついた。それほどスミス少佐、そして彼らが滞在するはずだったホテルの状況はひどいものだった。
結論から言ってしまうと、彼らのいたホテルは遠距離からのミサイル砲撃を受けて崩壊した。発射された方向は紛れもなく占拠下にある紅リゾートからであり、しかも使用された兵器は惑連の常設地上軍及び各惑星国家が持つ軍隊に標準装備されている類のもので…つまりその主な生産者は他でもなく『何でも屋』のMカンパニーなのである。
「一体どこから仕入れてきたんでしょう」
緊迫した状況下にしてはあまりにも間抜けな感想を、デイヴィットは口にする。その正直すぎる言葉に、スミスは苦痛にゆがむ唇の端に僅かに苦笑いを浮かべた。これでなければ。そんな試験官氏の様子に、デイヴィットはふとそう『思った』。
「軍が廃棄した物を横流しする輩は必ずどこにでもいる。末期症状も良いところだ。…まあ金さえ積めば直接『方落ち』商品を買えるかもしれんが」
「まるで家電並ですね…」
やれやれ、とでも言うようにデイヴィットはコンクリートが打ちっ放しになっている天井を仰ぐ。この上にはかつてホテルであったはずの瓦礫の山が積み上がっているはずだ。

あの時。南西…紅リゾートの方角から飛来し、見事建物に命中したミサイルは、狙い澄ました下のように避難経路である非常階段を切断し、建物内部で爆発した。すさまじい音が床を、壁を振動させるのを聴覚センサーで捉えた。衝撃を感じると同時に照明が消えた廊下にデイヴィットは反射的に飛び出していた。
「少佐殿!スミス少佐殿!!」
これ以上ないだろう、そう言わんばかりに彼は自分がいた向かいの部屋の扉を叩く。が、しかし、扉の向こうからは何の反応も無い。あの隙のない少佐が、このとんでもない騒ぎの中、暢気に眠っているはずがない。と言うことは…。最悪の予想がその脳裏にはじき出される。
上から左右から、みしみしと嫌な音が響いてくる。数メートル先の天井が、ついに自らの重さに堪えかねて崩落した。意を決し、彼は扉から数歩後ずさり、肩口から体当たりを食らわせた。けれど、既にひしゃげ始めているのか、さして渥美の無いはずのドアは、うんともすんとも言わない。二度、三度。同じことを繰り返す。五度目の突撃で、扉はようやく抵抗をやめた。が、室内の惨状は彼が今まで足掻いていた廊下のそれとさして替わりはなかった。
所々壁にはひびが入り、天井が崩れは締めている。さらに上からはぎしぎしと耳障りな音が響いてくる。着弾より上のフロアが自らの重さに堪えかねて上げている悲鳴だ。地震のないフォボスでは、マルスやテラほど建築基準が厳しくない。見てくれを重視するあまりさして頑丈に造られていないこのホテルがその役割を終えるのは、時間の問題だろう。
「少佐殿!!」
暗闇に向かってデイヴィットは再び叫んだ。…任務失敗。一番避けたい四つの文字が目の前をよぎる。阻止その四字熟語が現実の物となれば、ここでホテルと運命を共にしても、ここから帰還したとしても結局は同じことだ。短い人生だったな。
苦笑を浮かべたとき、部屋の片隅から僅かな音がした。慌てて彼はそちらに向き直る。
「少佐殿?」
「勝手に人を殺さないで貰いたいな」
若干かすれてはいたものの、いつもと同じ減らず口である。そこには倒れた棚があり、その隙間から僅かに足が覗いている。棚の上や周囲にはゆうに頭の大きさくらいは有ろうかというコンクリートの欠片がいくつか転がっている。とんでもない悪運だ。ほっとしながらも閉口しつつ、彼は棚を力任せに持ち上げた。がらがらという音と共に、欠片が床に落ちる。果たしてその下からは、ほこりをかぶったスミスが姿を現した。
「ご無事で…」
「あまりそうとも言い切れないな。…咄嗟にかばったから…」
そう言うスミスの左腕、肘から下の部分が有らぬ方向に曲がっている。倒れてきた棚から頭部を守ったときにやったのだろう。取りあえず棚を壊して板きれを造ると、曲がった腕を元に戻して添え木をする。こんな状態でもサングラスを外す気配がないのは見事な根性だ。そこまでして素顔を隠したいのだろうか。
そんなことを考えているうちに、天井が上げる悲鳴が次第に大きくなる。ここも危険になってきた。
デイヴィットはスミスの無事な右手を自らの方に回し、引きずるかのように部屋を出る。それとほぼ同時に、それまで彼らが板部屋の天井は、轟音と共に崩落した…。

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