ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act9

ようやくのことで第一の危機を回避したものの、状況はあまり好転していない。肝心な内部非常階段は運悪く絶妙な角度で打ち込まれたミサイルの直撃を受けて、使い物にならない状態になっている。外付けの階段も、中がこんな状態では分断されている可能性は十二分にある。どちらにしても逃げ道は無いのか。
そんなデイヴィットの視界に有るものが飛び込んできた。扉が半開きになっているエレベータである。電源は飛んでしまって動かないだろうが、使いようによってはひょっとしたら。そんな考え(いや、分析というべきだろうか)が彼の脳裏をよぎった。足で強引に扉を蹴り開けると、一メートルほど下にエレベーターの上部が薄暗がりの中にぼんやりと浮かんで見えた。その箱を支えているのは、目の前にあるワイヤーである。
「少佐殿、飛び降りますが、良いですか?」
好きにしたまえ、との言葉を確認してから、デイヴィットは怪我人へのダメージを最小限にするべく配慮しながら暗闇の中に身を躍らせた。自らがクッションになるように着地すると、スミスの身体をしっかりと抱えたまま、ワイヤーの一本を引っ張ってみた。頂点にある滑車を通じて『床』が僅かに動くのを確認すると、力を込めながらエレベーターを引き落としていく。ぎしぎしという音を立てて下降するそれを、細心の注意を払いながら操ること暫し、鈍い衝撃が床を伝わって感じられた。どうやら一番下に到着したらしい。
箱の内部に通じるコックを開き、その中に入る。そしてまたしても細心の注意を払いながらスミスを引き入れると、力任せに扉を蹴破った。ひんやりとした空気が頬を打つ。その時初めて、彼らは自分たちが地下駐車場にいることを理解したのである。

ぽたり。
また天井から水が滴り落ちた。上物の感動的なまでのもろさとは裏腹に、この駐車場は頑丈な造りになっているらしい。いや、もしかしたら上物の方が手抜き工事だったのかもしれないな。ぼんやりとそんなことを思いながら、デイヴィットは気付かれないようにスミスをサーモグラフィでサーチする。案の定、骨折から来ていると思われる発熱が認められた。あれだけの怪我をしているんだ、無理もない。
「…お加減、大丈夫ですか?」
いや、大丈夫な訳ないだろう。言ってしまってからデイヴィットは後悔した。
「…妙だとは思わないか?」
けれどそれに対する少佐の言葉は、意外にも問題提起だった。こんな時でも相変わらずだな、と呆れると同時に、まあこれなら安心か、とほっとしながらデイヴィットは少佐の前に腰を下ろす。
「照準角の誤差を差し引いてみると、あのミサイルは君の部屋を狙った物だろうな」
「…すみません…自分が不用意に明かりをつけたので…」
「そうではないさ」
言いながらスミスは僅かに苦痛の残る顔に、皮肉が入り交じったいつもの笑みを浮かべる。
「明かりが点いただけでは誰の部屋だか解らないだろう?…あのホテルには関係者以外の宿泊は無かったと入っても、その情報が果たして先方に行っていたかどうかそこまでは解らないが…少なくとも『そこ』に君という惑連職員がいる、と知っていたと言うことだろう」
あの時間、明かりが点いていても不思議はないだろうし、それに他にもカムフラージュとしていくつか明るい部屋はあったはずだとスミスは続ける。確かにタイミングが良すぎる。向こうの射撃制度が良ければ、一体どうなっていただろうか…。
「あの時、君と私のいた室内に盗聴器はあったかな?」
さらに問いかけるスミスに、デイヴィットは首を横に振った。事実、それらが発する微弱電波は一切感じることが出来なかった。だからこそあの時、スミス少佐の部屋であれだけべらべらと手の内を話し合うのを止めなかったのだ。そのデイヴィットの様子に、スミスは声を立てずに笑い、無事な右手で頬杖をついた。
「つまり、先方には我々の居場所が知れていた。そして最初から彼らは我々を消す腹づもりでいた。…ホテルが崩壊するところまで計算に入っていたかどうかは解らないが」
「最初から交渉するつもりが無かったと言うことですか?でも。それでは…」
「この事件は捨て駒だったのか、或いは主流派ではない勢力の暴走だったのか…まあ、そんなところだろうな」
「…めちゃくちゃですね」
「前にも言っただろう?一枚岩の組織など、まず存在しないさ。我々にしてもそうだろう?」
斜に構えた口調で真実を悪びれずに言ってのけるスミス少佐に、デイヴィットは閉口する。これだけ減らず口がきけるなら当分の間は大丈夫だろう。一安心してから、彼はあることを口にした。
「自分の位置情報は、稼働している限りはテラで把握できるわけですが、少佐殿の生死は今の所不明な状態になってしまっているわけですよね。…どうしましょうか」
そんな問いかけに、スミスは予想通り首を僅かに左右に振った。わざわざ知らせてやる必要はない、と。
「テラに知らせれば彼らにも我々の消息は知れる。それだけは避けたい」
「…それは、桐原捜査官殿、ですか?」
「それ以外、誰が君の部屋を知っていたかな?」
どうやらスミス氏は最初から桐原とM..I.B.の関係を疑っていたようだ。このサングラスには人の心を見透かすような特殊兵器でも装備されているんじゃないだろうか。荒唐無稽なそんな思いに捕らわれて、デイヴィットはぶんぶんと頭を振る。その間にスミスは後ろの壁に頭をもたれかけていた。
「済まないが、少し休ませて貰っても構わないかね?…今後どうするかは日が昇ってから考えるとしよう」
「解りました」
頷くとデイヴィットはスミスの眠りを妨げないよう口をつぐんだ。夜明けまで5時間弱。無言でいられるかどうか、少し不安だった。

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