ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act10

「おはようございます…あり合わせですが、何か召し上がって置いた方が良いですよ」
七時ジャスト。僅かにスミスが身動きするのを確認して、デイヴィットは遠慮がちに声をかけた。目を覚ました試験官氏の目前には、スナックやチョコロート、缶コーヒーなどが無秩序に置かれていた。これは?とでも言うようにサングラス越しに視線を投げかける試験官氏に、彼は僅かに肩をすくめる。
「…そこの自販機からです。電源は無事だったので、ちゃんと料金は払ってますよ」
領収が出ないんで、ちょっと厳しいですけれど、というデイヴィットに、スミスは今まで見せたことの無いような、所謂普通の微笑を浮かべた。驚いたように立ちつくすデイヴィットの目前で、スミスは缶コーヒーを手に取り、右手だけで器用に開けて見せた。
「…こうなるとなかなか不便だな。…万一の時、弾倉の交換が出来るかどうか」
デイヴィットの顔に、少し不安げな表情が一瞬浮かんで、消えた。そして慌ててスナックの袋を開けにかかる。
「…その時は自分が何とかします。とにかく何か食べて下さい。一応痛み止めと抗生物質だけでも後で飲んで下さいね」
自分が使わないと解っていても、規定通りに色々な薬物を持っていて良かった。使う羽目になったのは良いことではないのだが、デイヴィットは胸をなで下ろす。そして着ていたジャケットの内ポケットから色々と薬が詰まったピルケースを取り出す。だが、少佐が持っているであろう分を足してみても後一週間分。予定外の短期決戦を強いられそうだ。
いや、それ以前に少佐の様態が急変しないとも限らない。この人の性格から判断するに、死にかけるぎりぎりまでそんな素振りを見せることは無いだろう。そこまで考えて、デイヴィットはハタと思い直した。
元々、自分たちはM.I.Bによって紅リゾートに拘束された人質の解放交渉のためにフォボスに来たはずだ。事実上、それが行われる前に決裂してしまった今、果たしてどうすれば良いのだろうか。
「交渉に入ってから説得に失敗して決裂したとすれば、責任問題になってくるところだが、今回は先方が一方的に拒絶してきたわけだからな」
内通者がいなければすぐにでも指示を仰ぐところなのだが。抗生物質と痛み止めを放り込むように飲み下すと、スミスはデイヴィットの問にこう答える。そしてふと、思い出したようにデイヴィットに向き直った。
「君は、どうしたいのかね?」
突然話を振られて、デイヴィットは散乱するゴミを片づける手を止める。試されている。自分が今実務訓練中であるという現実を思い知らされる。第一の命令は、履行前に消滅してしまった。果たして…。
「これは、命令など全く度外視した、仮定としての話、なのですが…」
躊躇いがちに口を開くデイヴィットを、スミスはサングラス越しに見つめる。その鋭い視線に口ごもるデイヴィットに、スミスは僅かに表情を崩した。
「何もそんなに固くなることも無いだろう。これは記録には残らない、全くの非公式な会話なのだから」
はあ、と、一応返事をしてから、やはり気が進まないように思い口を再び開いた。
「正直、自惚れかも知れませんが、自分には人質を解放するだけの能力が有ると思います。その力を持っていながら、それを必要としている人達を見捨てるのは、許されることではないと…そう思うのですが…」
言い終えてしまってから、デイヴィットは気まずそうに口を閉じ、視線を逸らした。そんな彼に、試験官氏はとどめの一言を投げかける。
「今の言葉を要約すると、人質を助けたい、ということかな?」
すっぱりと言い切られて、デイヴィットは不承不承頷く。そんな彼を全く無視するかのようにスミスは天井を見上げた。
「重機が入ったようだ。どうやら上は完全に崩れたようだな」
その言葉の通り。僅かに天井が振動し、耳障りな重低音が響き始める。瓦礫の山を取り除いての行方不明者の捜索が、本格的にはじまったのだろう。
「取りあえず、食べた物を片づけるか。捜索隊が入ってきたときに、我々がここにいた痕跡を残しておくのは得策ではないな」
「では、移動するんですか?それじゃ、本当に自分たちは行方不明になってしまいますが」
「君の言うとおりにするならば行方不明になった方が都合良いだろう?」
その言葉の意味を計りかねて、デイヴィットは一瞬憮然とした表情でスミスを見つめる。その顔に浮かんでいたのは、いつもの冷徹な笑みではなくて、冒険を楽しむ少年のそれに近い物だった。
「この近郊で身を隠せる場所を、当局は抑えているはずだ。一端上のお客をやり過ごして、そちらに移動しよう」
「わ、解りました」
ようやくスミスが言おうとしていることを理解し、デイヴィットはうなずき返す。僅かに散らばった食べかすを片付けることも、ことこの時ばかりは全く苦にはならなかった。

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